次の日の学校。俺は保健室に入り浸った。先生が出張で出かけてるわけじゃない。開放状態。けれど何かと鋭い先生だから、俺の顔をみた瞬間、何も言わずにベッドに寝る権利を与えてくれた。先生は、何も聞かない。もちろん俺も何も言わない。沈黙と無機質な音と、廊下から聞こえる、人の声。全ては静寂に溶け込んで、中和される。休み時間になれば保健室に遊びに来たりする女子がいる。正直、そういう女子は嫌い。もちろん男子もだけど。狸寝入りでやり過ごして、チャイムが鳴って足音が遠くなった。いつの間にか先生の出していた作業をするためのタイプ音やシャーペンは紙の上を滑る音は消えていた。職員室に行く事だって出来るのにそれをしないのは、…俺の様子が変だからか。間もなくして先生の椅子が小さく高い悲鳴を上げる。それは座っていた主がその場所を開けたことを告げる音であり、声でもある。―コツ、コツ。ゆっくりと、それでも確実に短い距離を縮めてくる先生の足音。シャッと軽い音を立ててカーテンを開けた。俺の目は、開いたまま。先生は鋭い。だから狸寝入りしたところで、ばれてしまう。
「いつもみたいに、たんまり寝たのに寝不足、て訳じゃないみたいね」
「…」
「むしろ、いつもよりほとんど寝てないんでしょ」
「…」
「で、ここに来て一睡もしてない」
「…」
「………芥川くん。」
「…」
「ねえ、慈郎。私が貴方のこと好きだって知ってた?」
「…ッ」
心臓が、跳ね上がった。無視をしていたわけではない、聞こえていたし、聞いていた。ただ反応する言葉が見つからなかっただけで。だからこそ、吃驚した。心臓がこれでもかというほど音を鳴らして体中に酸素を運んでいる。―知ってたか?そんなの、答えはNOだ。けれど、まったく知らなかったとも言い切れない。今、死ぬほど吃驚している反面、妙に納得してる自分も居る。けれど、先生のことをそういう対象としてみたことは―今だからこそ、ないといえる。けれど、そういう対象としてみなかったとしてもそういう対象として考えたことは、少しはあったのかもしれない。分からない。ひどく曖昧だった、俺と先生の、この関係。



「失礼しまーす…芥川先輩、ここにいるって聞いたんですけど…あ。」
何だろう。入ってはいけないような気がした。別段変なことは起きていない。芥川先輩はベッドから半身を起こしていて、先生が先輩の足元あたりに座っている。何も変じゃない。むしろそろそろ教室に戻りな際の説得をしていたような、そんな気がするのに、頭の中の警鐘音は自分に告げている。―ハイルベキジャナカッタンダ― それが正しいことを裏づけするように、芥川先輩は若干額に汗を浮かべているし、いつもなら落ち着いている先生から、焦りの色がうかがえる。用事を済ませて、早く帰るべきだ。立ち去るべきだ。嫌な予感が、する。
「あの、芥川先輩これありがとうございました。ここに置いておきますね。それじゃ―」
ちゃん」
「……先、生」
「わたしね、慈郎が好きよ」
ぐらり、体の内臓が動いた気がした。胃と心臓の位置が入れ替わってるかもしれない。―もっとも、そんなことありえないと分かってはいるのだけれど、それくらいの衝撃を与えられた。―気がついたら、飛び出していた。教室とは違う方向に走り出していた。遠くでチャイムが鳴る音がしたけれど、教室へと向かわない、足。先生方は走っている私がどこの教室に行こうが関心を示さない。チャイムが鳴り、走っている。それは自ずと自分の教室に早く戻ろうという医師があるのだと勝手に判断している。それと同じように、自分も勝手に判断していたのだ。先生は先生だから生徒である芥川先輩を好きになるはずがない、と。ならば先生が先生じゃなくてたとえば花屋さんだったら?芥川先輩を好きになる権利は充分にある。否、先生だからと言ってないわけでもない。ただ、先生だから、ないと思い込んでいた。ただそれだけだ。走って走って走って走って。誰もいない場所を探した。お金持ちの頭いい学校の癖にこの学校にもサボる人はいる。屋上図書室なんて格好のサボりスポットに行くわけにはいかない。飛び込んだ場所は、空き教室。おもに補習に使われる場所だから、ここが使用されるのは放課後だけだ。教卓の下へともぐりこんで隠れた。放課後まで休むつもりはない。ただ、ぐちゃぐちゃになった心の整理するだけだ。





涙は、未だ。





(心の整理のほかに腫れあがった目の修正まで、出来ない)20080815